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乗ってきたバイクと、ツーリングの記録

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最初に経験した「ツーリング」と言えるものは、原付免許を取ってすぐの頃に筑波から河口湖まで勢いで辿り着いてしまった深夜出発のソロツーリングかもしれない。
ひたすら国道6号を南下し、何も考えずに国道20号をひたすら走る。
まだ峠族の存在すら知らない幼稚な原付乗りは早朝の大垂水峠を通過してしまい、あまりの人の多さに緊張しまくったまま峠を通過した。
それから毎年、出発地こそ違うものの梅雨が明けた夏の初めに国道20号で河口湖を目指す。
当時の写真は無いけれど、これから走る道の写真は少しずつ増やしていこうと思う。


■ ツーリングレポート ■
2005.10 琵琶湖焼き肉パーティ・平湯キャンプ場
2005.5 鎌ヶ池キャンプ場
2004.10 琵琶湖焼き肉パーティ・平湯キャンプ場
2004.7 北海道ツーリング
2004.7 平湯キャンプ場
2003.10 琵琶湖焼き肉パーティ
2003.5 四国ツーリング
2002.10 乗鞍スカイライン ラストアタック

■ 現在の乗り物 ■
[現在所有のバイク]

Kawasaki GPZ900R (A12マレーシア仕様)
1999年に納車されてから走行距離は70,000kmを超えた。
アフターパーツに交換したのは車検対応マフラーとフェンダーレスキットのみとなり、プラグコードなど消耗品レベルの細かいパーツを必要に応じて幾つか交換したが、他は全てノーマル状態。
西は四国、東(北)は北海道まで一緒に走り、どちらかというとツアラー専門の役割になりつつある。
バイク経歴上唯一の新車購入。

【1999/11〜】


YAMAHA RZ250 (4L3)
フレーム自体はは1982年型だが、タンクなどの外装を1980年型に交換するなど2006年現在は数台分の車体から組み合わせた状態となっている。
入手は1987年なので初期型RZとしては遅い部類だが、どちらにせよ20年以上の年月を経過したバイクなのでメーカー欠品パーツも発生し、維持にはそれなりの手間暇がかかっている。
ノーマルのフォルムと性能に拘っているが、細かい部分でパーツ交換を行っている。

詳しくはこちら

【1987/4〜】


■ 過去の乗り物 ■
[譲渡・廃車済みの車両]

HONDA MBX50-II

高校の時に初めて持ったバイク、値段で選んだ規制型の5.6psは今では驚嘆に値する程小さい馬力だったが、筑波から富士山周辺や大垂水峠などへのツーリングにも活躍し、バイクの乗り方を教えてくれた思い出のマシンだ。
しかし、筑波の峠などを走り回った結果は画像の通りで、上の写真でフロントフォークが曲がっているように見えるのではなくて本当に曲がったままで走っていた。(理由は単純に修正費用が捻出できなかったから)

この頃は創刊間もない「バリバリマシン」などという雑誌に仲間(Team柿の種)が出ていたりと、今となっては恥ずかしくも懐かしい時期。

下の画像はエンジンを規制前の7.2ps版に載せ換えた、時期としては後期のミニバイクレース場での一コマ。この頃は無理ヒザなどの極端なフォームから離れ、フロントフォークはチューブ修正で修理済になるなど環境も整い充実度では一番良かった時期。その後、MBX50は知り合いに貸し出され、そのまま廃車となった。

【1985/7〜1988】


HONDA CB50JX

4輪との接触事故でMBX50をバイク屋に預けている間の足として入手。MBX50が直るまでの代わり…のハズだったのが妙に気に入ってしまいMBX50が修理から戻ってきてもしばらく乗り回していた。

CR110レプリカのカスタムを考えたが、当時はレーサーレプリカ全盛時期でホンダもDream50などのようなレトロバイクを出す気配すら無く、一介の貧乏高校生にカスタムするだけの資金・環境をそろえる根性も無いことから挫折、数年後に廃車となった。

加速こそは遅いものの高回転まで粘りのある吹け上がりをするエンジンと、リッター30kmを超える燃費で貧乏な高校生ライダーには有り難いバイクだった。
フロントブレーキはメインテナンスしても利きが弱いメカポンプだったが、整備の良い勉強になった。

【1986/5〜1987/4】


YAMAHA MR50

先輩から5千円で譲り受けたもの。空冷エンジンだったが気持ちよく回る面白いバイクだった。

1年半ほど乗り回すが出先でエンジンストップ、電装系か何かのトラブルで始動できなくなり知り合いのバイク屋の人に回収を手伝ってもらい、そのまま進呈した。

【1986/7〜1987/8】


HONDA MBX125F

ひょんなコトから手に入れたMBX125Fの後期。最初は「所詮125cc」と甘く見ていたが、乗るとこれが妙に面白いので写真のように下品な仕様となり、ダウンヒル専門で4輪に混じって夜な夜な深夜の筑波山に出没していた。(峠をバイクで無謀に走るのはこの頃がピークだった。)

クランクケースにクラックが入る頃には興味が4輪に移っており、知人宅の倉庫を占領しガレージ化していた場所へ放置していたが、知人宅の火事により消失。

【1987/4〜1989/11】


YAMAHA RZ250 (4L3改4U0)

3個1で組み上げたRZ250 改350 というお手軽ノーマル仕様。エンジンは350をそのまま載せ換え、足周りやメーター類もそのまま流用。車外品で組んでいるのはせいぜいバックステップとアクセルグリップにウィンカー程度だった。クランクを壊してからイマイチ調子が良くない状態が続くいたが2000年1月に移植できるパーツをRZ250へ移し廃車とした。

その後、捨てられるのを待つだけだったフレームは2004年に某巨大掲示板のスレを通じて四国へ渡り、エンジンを搭載されて元気に走っていると思われる。

【1996/6〜2000/1】


TOYOTA スプリンターTURENO (TE71)

最初の4輪。MBX125Fと同時期だったが、しばらく4輪に乗れない頃にMBX125Fで峠に出没、夜な夜な下り専門で走っていた。写真はMBX125Fが既に走れなくなった後で足周りも何も組んでいないノーマル状態、ステッカーとフォグランプが下品である。

高回転まで回すと2TGは壊れそうな音が出始め、重たいボディの為に加速もままならなかったが乗り味は悪くなく良い車だった。もし、4輪に再び乗る機会があるなら入手したい車でもある。FC3Sを発注した1週間後に事故、査定額がほぼ無い事から全損扱いにて廃車。

【1987/12〜1989/7】


MAZDA サバンナRX-7 (FC3S後期)

マトモな写真が残る前に見事な姿になったRX-7後期。土曜深夜に筑波山のパープルラインで走行車線をはみ出てきた対向車から正面衝突をもらい一発廃車となった。飛び出してきた相手は中古車が納車された日に峠へ来た免許取り立ての大学生で自賠責保険しか加入しておらず、慰謝料など数百万円の全額を親が負担することに…。この事故を機会に峠から遠ざかる形になる。

結果としてマフラーのみの改造にとどまってしまったが、13BTのロータリーサウンドと薄いトルクながらもシャープな吹け上がりは今でも鮮明に覚えている。(そして驚異の高燃費も…)

【1989/10〜1989/12】


TOYOTA カローラ REVIN (AE86)

いわゆる「ハチロク」の前期モデル。FC3Sを廃車にした後、FC3Sの燃料代が月10万円となっていた生活に耐えられず手軽な中古のAE86を入手、足周りのみ少しだけ手を入れる。都内に移転する直前まで乗り、都内では駐車場の問題などで4輪を維持できないことから知人に売却したが、3カ月程で自爆事故を起こして廃車となったらしい。

北海道に単独自走で行くなど4輪の中で一番走行距離を出したのではないだろうか?トランスミッションのシンクロが弱い車だったが、このAE86に乗っている期間は不思議と無事故・無検挙だった。

【1990/1〜1991/12】


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